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No.15塩ビはなぜきらわれるか
炭素2個、水素3個、塩素1個が作る単量体は塩ビモノマー(化学式:-C2H3Cl-)と呼ばれ、その単量体がおよそ1.000個程つながった分子が塩化ビニル樹脂である。重量で言うと56%程の割合で塩素の元素で構成されている。塩ビがきらわれるようになった要因は幾つかある。
一つには、「塩化ビニル製品を焼却処分するときにダイオキシンという有害物質が発生する」ということが地球規模で問題視されるようになったことである。二つとして、軟質塩化ビニル製品には塩ビ樹脂のほかに数十%の可塑剤が使用されていことにある。この可塑剤はフタル酸エステル系のものが多く水質汚染の要因とも言われている。乳児用品や文具類、日曜雑貨品などには軟質塩化ビニル樹脂は大変便利な素材であるが現代の生命科学の研究の中では「乳幼児や胎内の生命に対して適当ではない」という認識が広まっている。三つ目としては水俣病があげられる。水俣病は有機水銀中毒症であり、産業公害である。
ダイオキシンと呼ばれる物質は130種類ほどあるが、有害とされるものは限られている。塩素と炭素、酸素などが存在する空間で適度な条件下で自然につくられる物質であり自然界にも少なからず存在する。塩素を多く含む物質をある条件(800度前後)で焼却処分するときには多量のダイオキシンが発生する危険性がある。もっと高温で処分すればダイオキシンは分解して塩素ガスとなり自然界にもどる。つまり、塩化ビニル製品を焼却処分するには高温で行わねばならない。余談であるが、ダイオキシンが発生するのは塩化ビニル製品に限らない。たとえば食塩やソースなどの塩素を含む食品と木材や紙などを一緒に焼却すればダイオキシンの発生は予知される。漂白した紙は焼却時にそれ自体でダイオキシンは発生する可能性がある。ご承知のように我々は海水には多量の塩素が含まれ、また、塩なくして生命の維持もできない。水道水の殺菌には塩素が使われる。塩素や塩素の化合物は大変大切なものであることを認識したい。
プラスチックスの産業が今日のように発展し、そしてこれらが社会生活の中で非常に重要な役割を持つに至ったのは塩ビと言う材料と塩ビ工業会と関連各社の今日までの努力と英知に他ならない。物資のない時代に石炭と海水から出来ると言われた塩ビは飛躍的にその地位を確立した。さらに、その勢いは高度経済成長のもとでエンジン全快であった。そんな中で大変残念な出来事が発生した。水俣病と呼ばれる有機水銀中毒事件である。
水俣病というのは九州の水俣湾に隣接する塩化ビニル樹脂製造会社から長年にわたって有機水銀が排出されたことに起因する。その間、湾内で水揚げした魚貝類等の水産物を日常的に摂取した多くの人たちが水銀中毒の被害にあって犠牲となり今なお苦しんでおられる状況にある。著しい社会の発展の中にこうした犠牲者があることにプラスチックス関係者として非常に残念であり、かつ、心すべき事である。
我々は現在も塩化ビニル樹脂なくして生活したり、社会のインフラ整備や産業の維持発展はないと考えられる。建築資材、上下水道管、コンピューターやテレビの細い電線、電力用の被覆電線など数え上げれば限りがない。生産者も利用者も過去の過ちを反省し、正しい認識と正しい利用こそ問われる時代となったことも事実である。
塩ビ問題は経済活動の発展に生命科学や環境科学がブレーキをかけたような印象はあるが、塩ビ以外の化学品についても世界の科学者が生命や環境に対しての研究を盛んに行っている。研究成果によっては危険有害性物質や環境付加物質などをリストアップして使用制限したり管理義務を行うように規制し行政指導もようやく始まった。MAY.15.2002 高分子プラザ 荒谷勇
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No.14プラスチックの包装フィルム
古来、ものを包むことは人類の必須要件だったと思われる。なにもない時代には木の葉っぱや豚の胃袋や腸、動物の皮等は大変貴重なものであったに違いない。やがて人類は紙を発明し木の繊維から布を手にした。画期的な包装材料である。歴史的に見ればついこの前まで1000年以上に渡ってこれらが主役であった。ところが、ここ30有余年前にプラスチックが世に登場して一変した。あらゆる包装の分野が大きく変わった。包材革命と言ってもよいだろう。
それまではおにぎりは一つ葉、おせちは木の箱(経木)、書類は風呂敷、お菓子は竹の皮や古新聞紙、豆腐は仕方ないから鍋や鉢で買いに行ったものである。現在でも高級品や伝統品等は古式豊かな包装材料が使われるが価格的には随分高いものとなっている。
フイルムというのははっきりした定義がないが「薄くて比較的自由自在に柔らかいものを」を言うようである。厚みで言えば6ミクロン~100ミクロン(0.1ミリ)程度のものを指すことが一般的である。現在代表的なものではプラスチックフィルム(多くは、ポリエチレンフィルム、ポリプロピレンフィルム、ナイロンフィルム、ポリエステルフィルム等)とアルミホイルである。古来からある紙製品や布製品とは一般論として区別している。ホイルも同意語の様だ。シートはやや硬くてやや厚いもの、プレートは硬くして板状になったものを言うらしい。外国ではシートと言う言葉はあまり使わず、FilmとPlateと言っているようだ
プラスチックスの総需要の中でフィルム分野が一番大きい。プラスチックス生産量全体の一割とも二割とも言われる。大半は一度使ったらお役目ゴメンでゴミとなる。膨大なゴミ量と言われる由縁である。リサイクル法もこれが一つの要因である。ついに、このゴミ対策でレジパックにレジパック税なるものを徴収してプラスチックスゴミを減らそうとする地域(東京都杉並区)が現れた。便利よすぎて公害化している面がある。利用者側にも責任がある。遠洋漁業や航空宇宙、軍隊、一部の登山家等では食品の真空包装や冷凍保管等によって食料を確保せねばならない。プラスチックフィルムはこうした食品では無くてはならない存在である。調理済み食品(たとえばレトルト食品)と呼ばれる食品は現在米飯に始まって総菜、カレー、スープなど一杯販売されている。これらはNASAが開発した航空宇宙食から民間で利用された技術である。災害時の保存食として抜群の威力を持っている。このような食品はプラスチックスフィルムがあってこそ出来た食料品である。
プラスチックスフィルムの概念として、(1)ヒートシールして密閉できる (2)適当な使用温度領域がある (3)水や調味料などの影響を受けにくい (4)ガスや空気が通りにくいので食品の劣化が少ない (5)加熱殺菌できて衛生的である (6)印刷などによる表示がしやすい 等便利なことが一杯あげられる。さらに、プラスチックスは電気的に絶縁材料であるから電子レンジ対応が出来る。アルミホイルの場合はプラスチックよりより内容物に対して長期保存に適し、コーヒーの様な芳香を重視するものによい。シールが出来ないし破れやすいためにプラスチックスフィルムと張合わせて使われることが多い。ポリエステルフィルムにアルミを真空蒸着(アルミニュウムを真空中でガス状にしてフィルムに付着させる)したものも珍しくない。プラスチックスフィルムの用途は食品に限らない。機械部品や新車の内装保護、電子部品の包装、衣料品の包装、農産物の包装やおみやげ品、お菓子類、CDやMD等のパッケージ、文具類、ガラスや鏡面板材の表面保護などあらゆるところで頑張っている。
フイルムの材質も各種各様である。保護膜では自己粘着性のあるEVA系のフィルム、電子部品類では通電性や帯電防止を施して静電気が起きにくいようにしたもの、ナイロンとポリエチレンを張り合わせた食肉用、お菓子、おつまみなどではポリエチレンとポリエステル張り合わせた高級感のあるもの、防錆機能を付加した金属部品包装用、通気性を考慮した生鮮野菜用など多岐に渡る。張り合わせたフィルムは二層、三層、五層、七層と言ったようにプラスチックス材料のそれぞれの特長と短所を補填しあって使用目的を満たすように工夫されている。比較的特殊なものでは塩化ビニリデン樹脂などを使ったラップフィルムがある。熱が当たると収縮してどんぶりにピッタシ張り付く。便利さを大切にしたいものだ。
APR.15.2002 高分子プラザ 荒谷勇
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No.13プラスチックの文房具
桜の季節はピカピカの一年生の季節でもある。お子さまのある家ではランドセルに鉛筆、教科書、ノートと文房具の支出もバカならない。
昔の文房具と現在の文房具では一見同じように見えても随分変わったに違いない。一生に一度のランドセルは昔は極上のものは牛皮で出来ていたと思われる。しかし、一般にはボール紙を表面塗装したもので概ね形態を作り、ヒンジや留具の部分だけ皮にしたものであったように思う。小さな子供には結構重い存在であった。筆箱はセルロイドで今で言う繊維素系プラスチックと言うことになる。1~2年で可塑剤が抜けてもろくなり、欠けてくる。教科書は兄姉の中古品、ノート、鉛筆は20本そろえて新しい。書道や絵画等の道具も大抵は中古品。今でも同じだが、学校へ行くとなると文房具の他に雨傘、履き物、帽子に学生服、弁当箱にお箸、色々取りそろえねばならない。おじさまやおばさまから入学祝いをもらっても、たいていは文房具の足しになってしまう。今では考えられない厳しさである。入学祝いにピアノでも買ってやろうか?ナンテ? とても 小学上級になると直線定規や三角定規、中学では分度器なるものが登場するがやはりセルロイドが主流。これらは現在では硬質塩化ビニル、アクリル樹脂板などの加工品に変わってきている。現在、文房具と言うか事務用品というか随分いろいろのものが売場を占めている。文房具店なるものは町に1軒あれば良かったが、今は百貨店、スーパー、文具店、電気店、コンビニ、本屋、KIOSKなど至る所で買い求めることが出来る。またその種類の多いことには買う方がとまどう。
先ほどのセルロイドは正しくはニトロセルロース(繊維素系樹脂)であって引火性がある。人形ケースやキューピー人形なども作られていた。特に子供用では火鉢の火などで火災事故もあったし、その加工工場てもしばしば火災事故があったとようである。昭和30年代の中ころから燃えにくい硬質塩化ビニルに変わってしまい、現在ではセルロイドの需要はない。
繊維素樹脂はニトロセルロース以外にセルロースアセテート、セルロースアセテートブチレート、セルロースアセテートプロピオネートなどの材料があり、表面の滑らかさ、光沢の美しさ、強靭性ぷ人生などが特徴としてコンパクトケース、工具(ドライバーなど)の取手部分、櫛、かんざしなどの特殊な部分で貴重な存在である。聞き及ぶところではセラミックの焼結前の受け皿などにこれを使った場合に焼結したときにきれいなセラミック製品ができるらしい。原料はコットン(綿)が主原料で今風に言えば天然素材に近いものでもある。
ランドセルや小物入れ、定期入れなどの多くは軟質あるいは半硬質の塩化ビニルが多くあったが今日では塩化ビニルの社会的な不評判が理由でPPやPEなどを改質した変性ポリオレフィンや非プラスチック系に取って代わろうとしている。大きなものでは勉強机がある。10年前にはあらゆる装飾(電気、本立て、テーブルマット、人気キャラクターなど)が施されていたが最近は木製の単純なものに戻ってきたことは私的意見としては望ましい。机の引出しの中や蛍光灯などの周りには結構たくさんのプラスチックスが使われる。
筆記用具といえば鉛筆と消しゴム、そして下敷きである。鉛筆の多くはボールペンやシャープペンなどに変わった。最近はナイフの携帯が制限されて鉛筆の削り方を知らない子供もいるらしい。なさけない。取って代わってボールペンやシャープペンが溢れている。お陰で丸文字が開発?された。これら製品の軸はPSの射出成形が主流である。あの長くて中空の製品を作るのには相当の努力があったことであろうと関係者に敬意を表したい。消しゴムはゴムではない。柔らかい塩ビ系のプラスチックである。下敷きはセルロイドから塩化ビニルに変わった。これから多分PETを使うことになるだろう。ブックケースやペンケースなどは透明のPPと言ったところだろう。他にも、昔はなかったクリアーケースやブックバインダーなど沢山の透明PP製品がある。
ある一つのジャンルで物質の変化を眺めてみると、技術の変化、社会慣習の変化などがとても面白い。春は園芸も盛んになる。スポーツも盛んになる。旅行も行きたくなる。いろんなジャンルで遍歴を辿って見てはいかがでしょうか。
MAR.15.2002 高分子プラザ 荒谷勇
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No.12プラスチックの糸
「鉄より強い繊維」とまで言われたのがナイロン繊維である。ナイロンは戦前にアメリカのヂュポン社でカローザス博士が偶然にも化学実験中に発明された化学物質とされる。勿論、それがこの世の中に広く使われるには時間が必要である。
私の記憶では昭和40年代になってミニスカートが急激に女性を引き立てた。ミニスカートが流行するには前段階がある。つまり、従来、靴下は毎日破れたり、伝線したりして女性を泣かせたものであったがナイロンの靴下は薄くて非常に丈夫なものであった。これがパンティストッキングなるものの開発の基礎となって日本人の短い足を長く見せる絶好の材料となった。これぞ化学繊維の威力でもあった。ナイロン繊維は一方では透けるシャツとして女性の美しい透ける肌を見せるためのファションをも作り出した。こうしたことは女性の地位を向上させ社会に進出する原動力にもなった思われる。
生かわな男性にとって見れば「洗ってもシワにならないシャツ」というのが重宝した。海外旅行のときでも簡単に乾くことが大変便利であった。靴下の穴明きもなくなった。「母さんが夜なべをして・・・・・」の必要もなくなったようである。
糸と言えば私たちは木綿、人絹、レーヨン、シルク或いはウール等の繊維やその織物等を頭に想像する。そして、それに変わる最近のものがナイロン繊維、ポリエステル繊維、アクリル繊維等の合成繊維でもある。これらは通常テキスタイルと呼ばれている。
これらと異なる分野に釣り糸、漁網、光ファイバー等の繊維と言い難い糸がある。糸と言うより線と言った方が良いかもしれない。これらは通常、単繊維(モノフィラメント)と呼ばれている。天然繊維は植物系でも動物系でも比較的短いものを紡ぎ撚糸にして強くしている。毛羽たったものであり織ったり編んだりして衣類とすることが普通である。
プラスチックの糸は一般的に押出機から細い丸棒のようなものを連続的に取り出し、これを何十倍にも細く引き延ばして糸とする。従って天然繊維のように毛羽たったものではない。つるつるの表面をした細い線にほかならない。つまり、完全なモノフィラメントである。織物も細い糸をメリヤス編みとか正目織りなどして布に仕立てる。先のナイロンストッキングはナイロンの細い、本当に細い、細ければ細いほど喜ばれる細いモノフィラメントをメリヤス織りして出来たものである。光沢のある、肌色の美しい女性が誕生する。
話が戻るが、「ナイロンが鉄より強い」と言うのは、この引き延ばした繊維(延伸加工という)こそが引っ張ても切れない強さがあるからだ。プラスチックというのは引っ張って延伸加工したものは分子配列が引っ張り方向に並び、特にナイロンのような結晶性の材料は大変強くなる。
プラスチックモノフィラメントで一番強いものはアラミッド繊維である。よく知られたものではタイヤのコードなどで「ケブラー」といわれるものである。漁網やロープ等はポリプロピレンやポリエチレン等のモノフィラメントが結束して使われる。
アクリル樹脂は透明性が良い。アクリルの細い単繊維は今では光通信の世界で大いに活躍している。ヒ光ファイバーと呼ばれるもので長距離通信にはガラス系の光ファイバーが使われるが、機械や室内などで信号をやり取りする場合は屈曲性の優れたアクリル製の光ファイバーが使われる。アクリル繊維は炭素の並びが整然としている。これを利用して炭素繊維の原料素材として不可欠なものである。炭素が整然としていることによって之を乾留して水素を飛ばしたときに炭素だけががきれいに並んだ黒い、大変丈夫な炭素繊維(カーボンファイバー)ができる。炭素繊維は飛行機やグライダーの機材、マニアの釣りさお、プロのスキー板、発熱体、レース用ヨットなどの機能性工業資材として欠かすことができない。
最近豪州の羊がピンチらしい。合成繊維にウールが排他されようとしている。最近の合成繊維は毛羽立たせるような研究、細い繊維を中空にして断熱性を改善するような研究、表面処理技術によって静電気除去や吸湿性の改善、カーテン生地のように燃えにくくする研究など、様々の研究成果によって天然繊維より便利で使いやすく、美しいものが出来てきている。ますます、合成繊維が主力となる。
注:ナイロン、ケブラーは米国ヂュポン社の商品名です。